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マックス・ブルックス『WORLD WAR Z』

マックス・ブルックスWORLD WAR Z』(浜野アキオ訳・文藝春秋)を読んだ。

専らくだらない芸能ネタばっかで貰い物以外は本なんて採りあげたことのないこのブログが敢えて採りあげるのには個人的なワケがある。要するにこの本のテーマであるゾンビってやつに色々と因縁があるからだが──それはここでは置いといて、とにかくこの『WWZ』だ。
悔しい。ヤラレタ感が強い。こんなとんでもない本をこんなカッコいいカタチで出されてしまったことへの嫉妬だろうが…でもそんな羨望の気持ちはこの出版企画への喝采の裏返しなんだと思いたい。いやこれは言い訳じゃなく。勿論ゾンビは今じゃある意味大メジャーなテーマといえばいえるだろうが、それでもやはりこの版元からこんな本が出てしまうというのは…今や海外物出版界随一の風雲児である編集者N氏による企画なればこそであるのは間違いないだろう。いやほんとこのNさんは凄い人だ。年末ランキングの海外部門の上位3作をこの人の担当書が独占したりする超有能な編集者である一方で、レイ・ガートンやスキップ&スペクターなどのマニアックなホラーあるいはレックス・ミラーやマイケル・スレイドなどのキワモノ…もとい趣味に偏したクセ球を合間に捻じ込んでみたりと、あらゆる意味でこの上なく頼もしい人なのだ──ただ個人的なことをいえばスレイドに関しては折角捻じ込んでもらったのにこっちの怠慢で足を引っ張る結果になってしまって申し訳ないかぎりなのであまり大きい声ではいえないんだが(って充分でかい声か?)… とにかくそんなN氏が企画したこの『WWZ』、こうして採りあげたからには当然ここであれこれ論評を語るべきなんだが…実のところここ→http://d.hatena.ne.jp/uncle_mojo/20100424 で見事な必要充分さで語られてしまっているので、それ以上余計なことを付け加える手はないなと思った(つまりほとんど同感に近いってこと。実はこの本が出ていたことを知ったのもこのmojoさんのブログを見てのことだった)。そこで、ここではせめて1つ2つトリビア(死語かな?)っぽい面白さを感じたことを挙げてみるにとどめることにする──といってもそれが意外と肝心なことかもしれないと思ってもいるんだが…
まず作中でちょっとだけ述べられてる〈寝返り〉=クィズリングという現象。辞書引くとquislingで、人名からきてる語で裏切り者というような意味があるらしいが、要するにゾンビが偏在する社会で生きるうちに何らかの心理的要因によってゾンビの真似をするようになってしまう=「生きたままで」ゾンビの側へ寝返ってしまうってことだ。この発想はなんだか妙に面白くてどこかへ発展できそうな気がする。他にも生者によるゾンビへのあらゆる種類のリアクションが枚挙に暇なく述べられていて興味は尽きない。
それからこの作には日本人も登場してて(世界各地のさまざまな民族から登場人物を抽出してるから当然ではあるんだが)、これがなんともユニークでクスリとさせる。つまり引き篭もりでオタクの若者なんだが、その生態や心理の把握と描写が妙に生々しくて、単にガイドブックやグーグルで調べただけのフジヤマゲイシャ知識じゃ到底ない理解の深さに達してるようなのだ。ひょっとしてこのブルックスって人なかなか隅に置けない日本ファンかも?──なんて思ってしまったが、でも描かれてる世界各地のどこについても凄い行き届き方をしてるので、日本の捉え方だけが特別深いわけじゃないだろうが(それにオタクこそ今やフジヤマゲイシャ以上に日本の代表的イメージになってるのかもしれないし)。とにかくこれだけ多くの国や民族の状況や心理をこれほど的確に捉える才能というのはそれは大変なものだと思う。
あと巻末の解説(これまた編集N氏自身によると思われる)がこれまた中身濃くて色々参考になるし、『死霊たちの宴』(※訳者の非力によりとうに絶版orz)を挙げててくれるのも光栄なんだが…しかし1つだけ敢えて文句がある。それは「ゾンビ小説の作例は多くありません」って1語だ。ちがうんだよ──ってN氏は当然そんなこと百も承知で書いてるんだけど──あっち(英米)じゃゾンビホラーって山のように出てるんだよ、事実俺ゾンビ物のマスマーケットペーパーバックをしこたま買ってるし(読んでないけど)。つまりこっちで全然訳されてないってだけなんだよ。でもそれも仕方のないことではあるんだ、こっちで出しても結局映像作品にはなかなか勝てなかったり、あるいはそもそも話が似たり寄ったりだったりそれ以前に所謂駄作ばっかだったり…ってことで、結局先頃の『高慢』(http://d.hatena.ne.jp/natsukikenji/20100329)やこの『WWZ』みたいな例外的な大成功作だからこそ邦訳紹介できたってことだろうから。
ってことでこの際ブルックスさんの本書に先立つというベストセラー『ゾンビ・サバイバル・ガイド』も出しちゃったらどうだろうか? その手のコンビニ本なんかが結構売れてるみたいだから、ここで本場での本格的なのを出したなら、この『WWZ』との相乗でドカンといくんじゃなかろうか。(←無責任な発言なので忘れて!) 
…にしても、やっぱ悔しいよなこれは!
WORLD WAR Z