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国枝史郎探偵小説全集

国枝史郎 探偵小説全集 全1巻 国枝史郎歴史小説傑作選
いろいろあって間が空いてしまったが、それはさておき……
国枝史郎といえば伝奇ロマン(とは近ごろあまりいわなくなったか、伝奇小説のほうがいいか)の
祖とも目される波乱万丈な物語の大家で、とくになんといっても『神州纐纈城』の凄絶な
イメージが強烈だが、昨年出た本書は、あえてこの作家の「探偵小説」といえる埋もれた作品群を
中心に、研究家末國善己氏が苦心の末に編纂した大冊だ。実は筆者は刊行時に本書を
末國氏よりいただいてしまった。限定千部、定価6090円(税込)で、今ではアマゾンのマーケット
プレイスですでに17000〜18000台の値がついており、その貴重さを思うと(そもそも定価からし
その高さだし)まったく申し訳なくなってくるのだが……(末國さんありがとうございました)
で、それを少しずつ読み進めていたのが、先頃ようやく読み終えた。やや大型本で約450
ページ二段組み。2/3ほどが創作篇で残りが評論・感想篇という構成。創作は中篇に近い分量の
「さまよう町のさまよう家のさまよう人々」以外はほぼ全部短篇・掌篇で、全二十三作。
そのほとんどが単行本未収録作というからすごい。国枝は一応全集も出ているが(未知谷)、
そこからすら洩れている作を発掘して一巻に編む作業は並大抵の苦労ではなかっただろう。
さて作品のほうは、たしかに編者のいうとおり探偵小説──探偵がちゃんと登場して、奇怪
不可思議な謎を合理的に解決する──が割りと多くを占め、それが逆に意外の感(?)すらあって
新鮮な驚きを与えてくれる。ただし舞台は多くが外国で、その絢爛豪華なエキゾチシズムの横溢は
この作者の面目躍如、まさに昔日の海外探偵小説(それも異色な)に触れているような感興に
打たれる──というより、事実、収録作の多くが雑誌初出時には外国作家の作品の訳出として
発表されているのだ! 曰く、イー・ドニ・ムニエ作国枝史郎訳、デボン・マーシャル作
宮川茅野雄訳、B・W・ケニイ作&G・ウォールディング作&E・P・バトラー作鎌倉三郎訳、
といった体裁で。このうちとくにムニエ=国枝というのはその筋には周知のエピソード
とのこと(そういえば古本で買った『沙漠の古都』(桃源社)もムニエ作として書かれたもの
だったようだ)。各作のタイトルからして、「西班牙の恋」「死の航海」「物凄き人喰い花の怪」
「アラスカの恋」「木乃伊の耳飾」「沙漠の美姫」等々、琴線を刺激せずには
いないそれらしさで、内容もそれぞれに短いながら趣味を貫徹している。とくに「さまよう町の…」
上海租界を舞台にした異様な作で、中国秘密結社に関するペダントリーだけでも舌を巻く
すごさだが、残念ながら未完に終わっている。かと思えば「人を呪わば」「奥さんの家出」等
日本の市井に取材した醤油味のもいくつかあって、そこでも多彩さ多岐さを感じさせる。
評論・感想篇はおもに雑誌に載せた短いレビューなどを中心にしたもので、とくに、親交が
深かったという小酒井不木の人物や作品への言及(おのずと好評価となっている)が目立つのと、
また乱歩へのライバル心──というよりも批判(いろいろ事情はあるようだが、やはり中心は
乱歩の「本格」至上主義への疑問か)があらわになっているところが興味深い。
思えば、現代でいう「伝奇小説」という確たるジャンル名は国枝の時代にはなかった(んじゃない?)
だろうから、彼の書く作すべてが実は「探偵小説」の一部として見られていたとすれば──また
彼自身そう考えていたとすれば、本書に収録された作品群のような傾向の発想も、またそうした
探偵文壇との深い交流や議論も、実はきわめて自然な営為だったといえるのではなかろうか。
ところで編者末國氏は本書の好評のゆえか、今年に入って今度は『国枝史郎歴史小説傑作選』を
すでに刊行しており、実はこれまた頂戴してしまった(税込7140)! ほんとにすみません……
氏によれば国枝は実に幅広く、劇作・詩歌・恋愛小説・ダンス小説(!)までものしているというから、
この路線が好調ならいずれそうした作品集までが上梓される日がきそうだが、果たして……?