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綾辻行人『奇面館の殺人』


大作『暗黒館の殺人』から6年経っての綾辻<館>シリーズの書き下ろし最新作(※当初<ミステリー・ランド>の1巻として出た『びっくり館の殺人』からだともう少し間隔が狭まるが)。<館に伝わる奇妙な仮面で全員が“顔”を隠すなか、妖しく揺らめく“もう一人の自分”の影…>と惹句にあるように、綾辻ミステリの基底音ともいえる<アイデンティティの不可思議>が<仮面>+<ドッペルゲンガー>という一見あからさま過ぎるとも思えるアイテムによってことさらに強調された、まさに<綾辻印>を思うさま満喫できる力篇。<綾辻印>と書いたが、実のところそここそが肝心なんじゃないかと思う。上に挙げた<アイテム>に限らず、この人の小説はどこをめくっても、どの言葉からもあるいは行間からすら<綾辻>の香りが匂い立つ気がする。本作に限らず(もっと言えば「この作家に限らず」ということにもなるが)、それを読みとってそれをこそ楽しむべきで、「館シリーズの中ではあれはトリックが秀逸だがこっちは趣向がいまいち」とか「謎解きではこっちが上だが怪奇趣味ではあっちが勝つ」とかいった読み方は(勿論それはそれで古来の稚気あるミステリの楽しみ方だろうから別にいいんだが)、実はちょっと勿体ないんじゃないかといつも思う。これもまたそういう思いを強くさせる全篇綾辻節横溢作で、帯にある<館ミステリの神髄!>という謳いは決して過言じゃない。
綾辻さんというと以前『暗黒館の殺人』を読んだあとお目にかかる機会があったとき(鮎川賞パーティー後の路上だったと思う)「『暗黒館』てマイケル・スレイドですよね」と例によって我田なことを思いきって言ったら「ふふふっ」と満更でもなさそうな(というのは思い込み半ばかもしれないが)笑みを洩らしてくれたのが鮮明に記憶にある。勿論『髑髏島の惨劇』の帯を書いてもらったという前振りがあってのことだが、所謂<新本格>の流れに密かに夢を求めてきたファンとしてはたったそれだけのことでも嬉しさを禁じえなかった。この『奇面館の殺人』もその<夢>をまた活き活きと甦らせてくれる。
綾辻さんありがとうございました!
奇面館の殺人 (講談社ノベルス)





※長らくサボり続けてしまいましたが、いただき本をまた少しずつ(できれば遡りつつ)採りあげさせていただければと思っております…