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無題

他人のことだからおれがどうこう言うことじゃなく……
だからこれはただの独り言だ。いつもの愚痴だ、我田引水の……


ゲラを読んでくれる人はいないかという編集者からの呼びかけに対して、
「ゲラに解説はついてる? 作品より解説読みたい(笑)」
てなことを書き込んでたやつがいた。誰かと思えば、例の〈あいつ〉だ。
……
この不景気の時代にいい作品を少しでも大勢に手渡したいと必死の思いで
いる編集者に対して、自分が何を言っているかまるで無自覚だってことは、
もう論外なほど言うまでもないことだ(日本語変かな)。
「作品より解説読みたい(笑)」という一言をこいつはある種のユーモアのつもりで
いるにちがいなく、それは最後につけてる(笑)からも察せられるわけだ。
解説者が高名な評論家で、同じ〈ひょーろんか〉である自分としては、海のものとも
山のものともわからん作家の小説本文よりそっちのほうに興味があるよ、ただし
これはあくまで〈本音〉であって、本音ってしばしば他人に対して皮肉なものだから、
(笑)をつけることによってその失礼な皮肉をちょっとだけ薄めてあげるね、みたいな。
しかもメールという内密のコミュニケーションを使わずにあえて書き込みという半ば
公の場で晒すことによっても免罪が企まれてる(おそらくは無意識のうちに)。
……いやはや。さすが「某作家は才能ないと思われてんだから、別の名前で出すべきだ」
なんて臆面もなく書けるやつは頭の出来が違う。しかも五十づらさげて恥ずかしくも
なく今どきまだカッコワライか。いやべつにカッコワライでもいいんだけどさ、
おれ自身わざと使うからね((笑)はイヤだけど「ははは」ならイイとかいうやつが
昔いたが)。ただこいつの場合、どうも本気でそういうのが笑えるユーモアだと
思い込んでるらしいからな。五十すぎてモーヲタだと公言することに一抹の恥ずかしさも
覚えないこのおれも、こいつのセンスにだけはとてもついていけねーよと……


けどまあどうでもいい。最初にも言ったとおりこの件そのものはおれには関係ない
ことだから(あくまでも〈この件は〉だ)。ただ、この男の存在の仕方には、やはり
ある意味興味があるのは否めないってことだ。こういう手合いが〈文芸評論家〉と称して
ここ二十数年ほどのさばってミステリ業界をダメにしてきたんだよなと、あらためて思い
出させてくれる意味で。こういうやつらのせいでおれは〈文芸評論家〉ってものに嫌気が
さしたんだからね、なにしろ。昔はそれをめざしてたってのにだよ。どう考えても
納得できないんだ、昔自分が憧れてた江藤淳磯田光一や秋山駿とこいつらとが、同じ
肩書きで同列にいるかのごとく振る舞ってるってのが……いやべつにどっちが偉いとか
じゃなくて……


いや、やっぱり違うんだな、エラさが。人間としても、頭の出来も、存在の仕方自体も。
●●●生だの●●●樹だの、二十年以上もこの業界にへばりついていながら何をやって
きたんだかさっぱりわからないような連中が、よりにもよってブンゲーヒョーロンカ
だってのには、もう呆れるを通り越して、いまだ引き攣った笑いを必死に堪える
しかなく……