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『幻影城の時代』

natsukikenji2007-01-01

本多正一氏から『幻影城の時代』を頂戴した(本多さん、ありがとうございました)。『幻影城の時代』の会・編、発行・エディション・プヒプヒ。なんとも凄い本だ。同人誌とのことだが、一見そう思えないほど分厚くて綺麗で、しかも内容が濃い。「綺麗」というのは訳ありで、本家『幻影城』最盛期の装画家山野辺進氏が片面の表紙絵を描き(片面は挿絵をやってた渡辺東氏)、しかもデザインも本家と同じ池田拓氏が担当している。しかも変わった造本で、表裏どちらからでも読み始められる(つまり「資料編」と「回顧編」が上下逆に合体してる)。権田萬治氏・竹本健治氏らへのインタビュー、連城三紀彦氏・田中芳樹氏ら十数人による回想・論考・書誌等の他、数十人によるオマージュ・コメント付きという充実ぶりだが、圧巻は何といっても、編集長であり後期の発行人でもあった島崎博氏(在・台湾)への超貴重なインタビューだ。これを読むと、島崎氏という人がいかに物凄い天才的編集者にして書誌家であるかの一端が垣間見れる気がする。でもその点はさておき、今はとりあえず、このインタビューを見て初めて知ったことの中で最大のを一つ挙げるにとどめよう。それは『幻影城』の路線が島崎氏の旧作探偵小説への懐旧的志向が発露した結果だったわけではなかったらしいことだ。氏にはそうした過去のものへの特別な偏愛などはなく、とにかく大衆小説・大衆雑誌なら何でも読み集めていた。ジャンルも推理・SF・時代物・社会派・何でも好きだった。懐旧路線は実は発行人の方針で、島崎氏はむしろそれに逆らい、勝手に新人作家を募集したのだという(結局島崎氏自身が発行するようになったのはそういう確執があってのことか)。
他の関係者証言で驚いたことあるいは面白いと思ったことの中から、目立ったものを挙げてみる。まず、竹本健治氏の『匣の中の失楽』は最初から千二百枚が書かれていたわけではなかった! つまり通常の連載小説と同様、少しずつ書いた分を順次載せていったのだ。つまり〈大長編を携えて突如現われた天才青年〉といったストーリーは島崎氏が作りあげたフィクションだった。にもかかわらず竹本氏がそれを現実化してしまえる本物の天才青年だったというのは、島崎氏と中井英夫氏(仲介役となった)の慧眼ぶりを示すことだ。それから、オマージュで大森望氏が触れてる、後続の新雑誌として予定されてたはずの『ブラックホール』については、島崎氏が「そんなのありましたっけ?」とまったく憶えてないというのは、なんとも可笑しいエピソードだ。何しろ大森氏はその幻の雑誌を夢にまで見るというんだから(これはネタだろうが)。ただしこれについては編集部員だった山本秀樹氏の「誌名が変わってサブカルチャー誌『絶体絶命』になったのかもしれない」との証言もある。この『絶体絶命』というのは筆者は無知ゆえにまるで知らなかったが、栗本薫氏による沢田研二論等が載ってたというから見てみたい気もする。それから、これは竹本氏と似た例だが、連城氏がデビュー直後島崎氏に徹底的に引っ張り回されたことを述懐していて、驚かされる。作品タイトルから路線まで勝手に決められたらしいが、そのラインに沿って連城氏は作品を書いていき、それが図にあたって高い評価を得ていくんだから凄い話だ。とにかく当初から島崎氏に相当に才能を見込まれていたということだ。しかしそんな島崎氏も、新人賞の選考会では一切口を出さなかったというし、新人の作品でも手直しなどせずそのまま載せるのが基本方針だったらしい。この点で思うのは、鮎川賞の場合だ。毎回のように選考経過発表で「手直しして刊行した」とつけ加えられてるが、あれはどうなんだろう、受賞者を自信喪失にさせたり次作へのプレッシャー与えすぎたりってことになるのじゃないか。受賞作家がいまいち飛躍しにくくなってるのはそのせいじゃ?… というのは余計なことだが。あと戸川安宣氏が『幻影城』誕生前夜のころ島崎氏に呼び出され、権田氏・二上洋一氏・小鷹信光氏らと会食して方針等を話し合ったのに(戸川氏によれば現代推理小説史における「松坂の一夜」)、同席者のだれもその日のことを憶えていなくて落胆してるという話を書いていて、歴史の裏側(?)を覗かされるようで興味深い。そういえば島崎氏インタビューでもそんな話は出ていなかったが、やはり憶えちゃいないんだろうな、戸川氏は自分で台湾に行って確かめたいと書いてたが…
あと個人的に一番目を瞠ったのは、野地嘉文氏が考察の中で、狩久の遺作とされていた『裸舞&裸婦奇譚』なる長編が実は最初から存在していなかったらしいと述べてることだ。実は狩久は筆者にとってあの雑誌で知った最愛の作家なのだが、遺憾ながらその幻の遺作のタイトルまでは憶えてなかった(あとで確認したい)。野地氏はおそらく筆者に倍する狩ファンなのだろう、その落胆はよくわかる。『ブラックホール』の件といい、いまだに人騒がせな人でありつづけてるようだ島崎氏という人は… 因みに筆者は当時狩久の唯一の長編『不必要な犯罪』を幻影城特製ペーパーナイフでページを切りつつ読んだが、当初予告されていた『叢林の女』というタイトルをなぜ使わなかったのかと今でも首をかしげる
とにかくこの『幻影城の時代』には面白いトリビアまだまだ沢山詰まってる。いずれまた書きたい。