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ある会話

渡邉「おいヨシ、ちょい顔貸しな」
森 「へい親分、何でござんしょ?」
渡邉「例の一件、いよいよ仕掛けるぞ」
森 「おっ、つーと例のダの字の一件っすね? いよいよっすか」
渡邉「それをいうなら大の字だってんだよ。いいかヨシ、お前に仕事をやる。大事な仕事だ」
森 「へい、何なりと」
渡邉「小沢をいいくるめろ」
森 「小沢を?…あっしがっすか? でもその件は、親分がじきじきにとりかかっていなすったんじゃ?」
渡邉「バカ野郎、つべこべいうんじゃねえ! 情勢が変わったからいってるんだ。たしかに参院選以来俺がじかに民主党の連中と接触してきたさ。ところが近頃のやつらは、あれに勝って調子に乗りすぎたせいで、変に勘違いし始めやがった。てめえたちだけでほんとに政権獲れると思い始めやがった。しかも俺を抜きにしてだ。とんでもねえ話だ。小沢のやつ、近頃じゃ俺の呼び出しにもへいこらと出てきやがらねえ。他のやつならすぐにでも裏に手ぇ回してぶっ●してやるところだが、今の小沢じゃそうもいかねえ。そこでヨシ、おめえの出番だってわけだ。今の自民党を実質取り仕切ってるのはおめえだからな──参院のドンといわれた青木も今じゃめっきり影が薄くなっちまったからな。そうだろ?」
森 「へえ、そりゃまあ…それもこれも親分のお陰でござんす」
渡邉「とにかくだ、あの天狗っ鼻の小沢も、自民の裏ボスであるおめえの話なら聞かねえわけにゃいかねえはずだってこった」
森 「へえ、そりゃまた、この上ねえ名誉な仕事を、おありがたいこってござんす!…でも、っつーことは、あっしがじかに小沢の野郎に大の字の話を呑むようにいいくるめるってことでござ…んすよね?」
渡邉「ヴァ、ヴァ、ヴァッか野郎っ! 裏ボスのてめえがいきなりそんな話呑ませてどうすんだ? あとでバレたら、それこそ密室政治だつっておめえ自身がまた袋叩きに遭うぞ。てめえが歴代で一番不人気な首相にならなきゃならなかったのはどうしてだと思ってるんだ? まったく学習しねえやつだな。そんなだから二度と表に出れねえんだよ」
森 「へ、へえ、どうもすんません…」
渡邉「おめえの仕事は、小沢を福田に会うようにいいくるめるこった。福田なら仮にも総理で、一応は表のボスだ。党首会談って名目で密室で話しても国民に言い訳が立つ。ただし少なくともその場に小沢を引きずり出さなきゃならねえわけで、それをやるのがおめえだ。そこまでならおめえにもできる。ていうか、おめえしかいねえ。中曽根のじじいはもう耄碌しかけててだめだからな… でだ、ここが肝心だが、福田から大の字の話を持ちかけられるはずだってことを、おめえから小沢にいってもかまわねえ。当然小沢も察しちゃいるはずだが──この俺自身がこれまでずっと直接やつにその話ばかり仕掛けてきたんだからな──とにかく福田と会談するのもその話なんだってことを、やっこさんにはっきりわからせとく必要がある。そこんところはいいな?」
森 「へえ、よっくわかりやした。おまかせくだせえ」
渡邉「よし。もう片っ方の福田にゃ、俺がじかに手筈をよっく教え込んどく。小沢が呑まざるをえねえ話をするようにな。福田はああ見えて口が達者だからな。のらくらしゃべってるようでいながら、独特の間合いで人を丸め込んじまうのが巧えんだ。そうして一夜明けりゃ、目出度く大の字話の成立よ」
森 「へえ、けど…もしも、もしもですよ、もしも小沢がその話をその場ですぐにゃ呑まねえで、持ち帰って幹部連中と相談するといいやがったら、どうしやす? たしかに小沢は豪腕で鳴らしてるワンマンでやすが、菅だの鳩山だのリベラル気どってる連中が、いきなりそんな話聞かされてウンとすぐ首を立てに振るかどうか…」
渡邉「ヴァッか野郎っ! だからてめえは読みが浅えってんだよ! んなことこの俺がハナっから折り込み済みじゃなくてどうするってんだ? ああっ?」
森 「へ、へえっ、どうもすんません!…」
渡邉「いいかよく聞け、俺の読みゃこうだ──大の字案を民主の幹部会に持ち帰りゃ、間違えなく小沢は大反対に遭う。それでも小沢が連中を説得できるかどうかは、それこそやつの腕と力に懸かってる。もしそこでやつが巧くやれりゃ、それはそれで当然こっちの目算通りだから目出度しだ──すぐにでも衆院中選挙区制に戻して、大の字成立への道を一気に開けるってこったからな。しかしもし小沢が周囲の大反対に逆に押し切られるようなら、どうなる? やつは面目が丸潰れになって、党の代表を辞めざるをえなくなるだろうよ」
森 「え、ええっ? そ、そこまでいきなり腹くくりやすかね、あの小沢が?…」
渡邉「バカ野郎、くくるように持っていかねえでどうするってんだ。だからいったろ、福田に手筈をよっく教えるとな。前以て閣僚人事までちらつかせたり、小沢が例のY社から貰ってるカネの件ちらつかせたり、やつがあとで引っ込みがつかなくなるようなネタを色々仕込んでおくのよ…」
森 「な、なあるほど、さすが親分! つまりどっちへ転んでも民主は分が悪くなるってこってすね?」
渡邉「あたぼうよ。けど読みはまだ先があるぜ──小沢が辞めるといい出したら、民主のやつら慌てて慰留するに決まってるよな。さてそこで小沢がどうするかだが…俺の勘だと、やつは一転して辞任取り下げするんじゃねえかと思ってる。キレやすい割に情にはモロいところがあるからな、あのミニ角栄気どり野郎は」
森 「え、す、すぐ取り下げって、それでいいんすか?」
渡邉「いいのよ。むしろその方が国民の支持を失ねえやすいわな。一度辞めるつって止められて出戻りなんざ、それこそ密室談合のドタバタ茶番劇、潔さから一番遠いからな」
森 「な、なあるほど…」
渡邉「とにかくそれで民主は支持率をがっくんと落としちまうはずだ、参院の勝ちなんざ帳消しになって釣りがくるくれえにな」
森 「それで来るべき総選挙は、あっしら自民がまた楽に勝てるようになると! いやあ、やっぱ親分さまさまでござんすよお! さながら無血開城を裏で操った坂本竜馬の器でござんすねえ!」
渡邉「ふん、現金な野郎だ。てめえの安い煽てに乗る俺じゃねえぜ。それよりいいか、一番肝心なのは選挙そのものじゃねえんだぞ。今はとにかく新テロ特措法を早いとこ通して、俺たちの〈お上〉の顔を立てるってことが何より先決なんだ。そうしていずれは〈お上〉のご意向に盾突くやつらをねじ伏せ──その手段は大連立でも民主の分裂でもなんでもいいが──いつ何時でもご意向に沿える翼賛体制を作る方向へ持っていくってこった。俺もおめえも〈お上〉のご機嫌を伺ってるからこそこうして生きながらえていられるんだからな。わかってるだろうな?」
森 「へ、へえ、よっくわかっとりやす」
渡邉「だからこそしくじりは許されねえぞ。俺はなにも竜馬になりたくてやってるわけじゃねえ。自分の命を守るためにやってるんだ。おめえももしここでヘマやったら、モノホンの首が飛ぶと思えよ」
森 「へ、へ、へえ…」


国際電話
「ワタナベか? 例の件は巧くいってるか?」
「はい、順調に作戦進行しています。ご安心を」
「よし。頼りにしているぞ。新法はなんとしても通せ。そのためならどんな手段でも使え。それだけの見返りは約束する。いざとなったらオザワを消すことも辞するな」
「い、いえ、そこまでするには及ばないかと…」
「マスコミのほうは大丈夫か?」
「はい、ご心配なく。新聞とテレビはほぼ全社抱き込んであります。申し訳程度にわたしの名前を取り沙汰するところもあるでしょうが、社のカラーに合わせての体裁繕いの範囲にとどまる手筈です。週刊誌は最初かなり書くでしょうが、それもすぐに急速に薄らぐはずですし」
「なるほど、さすがに世論操作には長けているな。伊達に世界最大の部数を誇る新聞社の頂点に君臨しているわけではない、か」
「恐れ入ります」
「では、吉報を待っているぞ」