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『輝ける闇』

natsukikenji2008-02-23

時機的なネタではまったくないが、今日たまたま久しぶりに立ち寄った地元の古本屋で、開高健『輝ける闇』初版本(新潮社純文学書下ろし特別作品・昭68)が100円棚にあるのを見つけ(ブックオフと違い105円じゃなくて100円だ)、つい買った。それこそ青臭い純文少年だった高校の頃読んで衝撃を受けた作だ。当時この新潮社の〈純文学書下ろし特別作品〉というシリーズがその瀟洒な函入り装丁からして凄くカッコよく見えて、「いずれ俺も純文作家になったらこの叢書で一つ」などと漠然と妄想してた。勿論その夢は叶うことなく終わりそうなわけだが…… そんなことはともかく、開高健のこのベトナム戦記のとんでもない文章の破壊力には完全にやられた。函に記されてる作者自身の言葉と推薦作家の賛辞をちょっとだけ引いてみる。
「誰も殺せず、誰も救えず、誰のためでもない、空と土のあいだを漂うしかない或る焦燥感のリズムを、亜熱帯アジアの匂いと響きと色のなかで私は書きとめてみたかった。祈りもなく訴えもない巡礼の果てを書いてみたかった(開高健)」
「開高氏の苦悩が、日本作家にとって全く新しい、思いもかけぬ試練であった上に(略)……この作品は、あいまいな安心のうちに寝そべっている、我らのけだるい肉を射ちつらぬく(武田泰淳)」
「決してこれはいわゆる戦争文学ではない(略)……糞リアリズムの記録ではない。この新しい酒を盛るのに、作者の創造精神は、思い切った構成と斬新なスタイルを試行している(中野好夫)」
「それはまだ状況からの《逃亡の時代》であり、いまだ未来獲得の時代でないことを残酷に告知している。その、いわば、苦悩に充ちみちた長い、長い中間期をひたすら眺め、記録しておく作業が、ここに苦痛をもってなされているのである(埴谷雄高)」
60年代の本だからハードカバーながら定価は530円、当然とっくに文庫化されてるとはいえ、100円はちょっと違うんじゃないかという気がする。ネット上の相場を見てもさすがにそんなことはなさそうだ。ただ函とかがとても綺麗で一見古い本て感じがしないものだから、古本屋のおやっさんが割と最近の本(文庫落ちしてる)だと勘違いして見切売りに混ぜちまったのかもしれない。ブックオフあたりだとどうなんだろ。ブックオフといえば大分前P・K・ディックの『我が生涯の弁明』が105円で売っててめっけ物だったことがある、全然関係ないが。
ところで開高はこの小説のあとエネルギーを使い果たしたかのように、酒と釣りの趣味文学へと移行していき、この画期的作品以前の読者とは別のファン層を獲得していくことになる。そして彼の死後間もなく、一粒種の愛娘でルイス・キャロルのアリス物の熱烈な愛好家だった開高道子が亡き愛父のあとを追うかのような自死を思わせる惨死を遂げ、そののち未亡人である詩人の牧羊子も逝去し、開高家は終焉を迎えた。