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『幻影城の時代完全版』『本格ミステリ・フラッシュバック 』

贈ってもらった本を挙げた直後に大著が2冊届いた。どちらも共著物件で且つ本格ミステリ関連で、しかも並々ならない労作な点も共通している。
幻影城の時代 完全版 (講談社BOX)幻影城の時代完全版』(本多正一編)
実はこれ書店で1冊買ってあったが、編者の本多氏のご厚意で贈っていただけたものと思われる。申し訳ないかぎりだが、自腹でも購入したことでせめてものお返しになれば…
それはともかく、本書は以前ここで採りあげた同人誌版『幻影城の時代』(http://d.hatena.ne.jp/natsukikenji/20070101)のメジャー版であり且つ大幅増量版だ。骨格は当然旧版での『幻影城』編集長島崎博氏ロングインタビュー&関係者回顧&作家評論家によるオマージュから成るが、そこに大きな+αが肉付けされた。その目玉は何といっても同誌出身大物作家(連城・W田中・栗本・泡坂・友成・竹本)による書下ろし競作で、とくに竹本健治はそれ以外にも『匣の中の失楽』特集として関連短篇2篇が発掘されてる。また再録作品としては、出身新人中である意味最も将来を期待されながら幻の作家となってしまった堊城白人(あしろはくと)の「蒼月宮殺人事件」が要注目。また出身作家たちが手書きで作っていた連絡紙「影の会通信」のコピーが載せられてるのも貴重。関連評論では横井司「「幻影城」作家論」末國善己「「獲得言語」編集者の果たした役割─馬海松と島崎博福井健太「「幻影城」の遺産」等が新たに書き下ろされたものとおぼしく、さらには栗本薫「幻影の党派」が発掘紹介されている。これだけの増幅を短時日のうちに纏め上げるのは容易じゃなかっただろう。本書により『幻影城』誌の果たした歴史的役割はより明瞭となり、と同時に新本格勃興前夜の時代の空気がより深く嗅ぎとれるようになったにちがいない。
あと個人的に目を惹かれたのは、知己であるT社のK氏が島崎氏歓迎会の司会を頼まれた(業界随一の名司会者だからだろう、勿論名編集者でもあるが)縁で寄せた小文で、「ウンベルト・エーコ島崎博の司会をしたのは僕だけ」という自慢がニヤリとさせた。因みに末國氏による同歓迎会レポートによれば、栗本薫氏のジャズピアノ演奏「時の過ぎゆくままに」等もあって華やかだったらしい。


本格ミステリ・フラッシュバック (Key library)千街晶之他『本格ミステリ・フラッシュバック
一方のこの本も刊行後間もなく書店で見かけたものの、上の大冊を買った直後だったためつい即買いを躊躇ってしまったもの。しかし思い返せば雑誌連載開始前後に何かの折に千街氏と同席したときこの企画への相当強い意欲を口にするのを聞いてただけに、ここは逡巡など一時でもすべきでなかったと反省される(結果的には貰えたのが無駄にならずよかった?が)。
これはどういう本かというと、帯にあるとおり「清張以後から綾辻登場まで」の本格不遇期の忘れられた傑作群を網羅した異色のガイドブックだ。具体例を挙げれば(ほんの一端だが)大谷羊太郎・梶龍雄・海渡英祐・小峰元・小林久三といった嘗ての乱歩賞作家たちは受賞後数年〜十数年は華々しく活躍したにも拘らず、現在ではなぜか見向きもされなくなり、作品のほとんどが古本屋の100円コーナーや3冊100円BOX等ですら埃を被ってる有様という現状がある。しかし個々の作品を改めて虚心に読んでみれば、実は今でも大いに面白くまた注目すべきところが多い、というのが千街氏の着目点だ(と勝手に理解してる)。「この時代は本格の衰退期と見なされ」「エアポケットとなりやすかった」と氏自身は前書きに書き、彼らを振り返ることは今後の本格のために無駄ではないはずだとしている。無駄どころかこれほど重要な仕事もないだろう。だが真に驚くべきはそういう着眼点やコンセプトのみならず、具体的な内容のとんでもないほどの徹底的な網羅ぶりだ。採りあげてる作家数はとくに記してないようだがざっと見て150人以上(!!)はあり、作品数となるともうどれくらいか判らないほどだ(無論全作品じゃないとはいえ)! それら全てについて精細極まる作家紹介・作品紹介/短評が洩れなく記されてるのだからもう呆れるしかない。これはもう労作という域すら超えたとんでもなさかもしれない…
 …というわけで、期せずしてこの年末に本格を巡る2大著が並んだことには、偶然以上の何かがあるようでもある。つまり例えば、社会派隆盛の中で古典的本格探偵小説の復権を目指した『幻影城』が創刊(74年)されたときわずか4歳だった千街晶之が、今は見事復権し隆盛すら(?)誇る本格「それ自体」によって忘却を余儀なくされた作家たちを発掘しようとしているという、不思議な歴史の円環の一端を垣間見るような気がしないでもなく…

(因みに千街氏は綾辻論によってデビューした)