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『クリスタル・レイン』トバイアス・S・バッケル

トバイアス・S・バッケル作『クリスタル・レイン』(ハヤカワ文庫SF・10/10発売)を訳者の金子浩さんよりいただきました。

訳者あとがき&カバー裏の紹介文によれば、舞台は300年前ワームホール崩壊によって十九世紀水準の文明に後退してしまった惑星「ナナガダ」。そこに邪神テオトルが支配する「アステカ」軍が侵攻し主人公ジョン・デブルンの危機と波乱の冒険行が始まる…という物語とのことだが、そこに色々とユニークな設定と仕掛けが絡めてあるようだ。例えば「十九世紀水準の文明」のため動力源が蒸気機関だったりするという…そうそこはある種スチームパンク世界なのだ。さらにはナナガダ人はカリブ人の子孫でヴードゥー教信仰してたりドレッドヘアだったりするし、しかも敵の名前がアステカとくれば…ということで作者は自らの作品世界をカリビアン・スチームパンク(!)と呼んでいるそうだ。
なぜそんなユニークな作風になるのかといえば、他でもない作者のバッケルという人自身がカリブ人──正確にいえばグレナダ人だからだ。そう、80年代東西冷戦期に有名なアメリカによるグレナダ侵攻事件が起きた小さな島国の出身者なのだ(ナナガダという変わった星の名前も「グレナダ」からの連想?)。現在30歳の超若手だが子供の頃のその事件の記憶が創作にも影響しているらしく、しかも酒乱の父親に暴力揮われたり、挙句住んでた船がハリケーンで壊れてアメリカに移住…というから、自ら小説並みに波乱の半生を経てきたといえそうだ。主人公ジョンが嘗て記憶喪失だったり片手が鉄鉤の義手だったりというのも妙に怪しい感じで興味をそそる。これはひょっとすると今依然読み中のC・ミエヴィル『ペルディード・ストリート・ステーション』にもひけをとらない想像力横溢の予感が…ってことで楽しみ。ローカス賞第一長篇賞候補作。金子さんありがとうございました!
クリスタル・レイン (ハヤカワ文庫SF)