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末國善己編『龍馬の天命』/『新諸国物語 第一巻』

末國善己さんより編纂書『龍馬の天命』(1月刊・実業之日本社)並びに『【完全版】新諸国物語 第一巻』(北村寿夫著・作品社・4月刊・限定1000部)を頂戴しました。

まず『龍馬の天命』は年初に頂いたものなので紹介が大きく遅れてしまったが、収録全作を読んだ。現在大河ドラマ龍馬伝』によって愈々ブーム高潮となりつつある維新の英雄坂本龍馬にまつわる短篇8作を収めた幕末小説アンソロジーで、刊行時にはかなり先駆けな企画だったと思われる。末國氏といえばこれまでにも白柳秀湖坂本龍馬』(http://d.hatena.ne.jp/natsukikenji/20090930)や南條範夫『暁の群像』(http://d.hatena.ne.jp/natsukikenji/20090725)など作品社の大冊でいちはやく龍馬とその周辺を採りあげてきたが、本書でも編纂の眼は冴えている。順に読み進めることで龍馬の生涯を辿れるよう各作を凡そ編年体で収録すると同時に、其々の作で龍馬の多様な側面と周辺人物に親しく触れられるように選択されている──龍馬の姉(「乙女(とめ)」阿井景子)、龍馬の死(「竜馬殺し」大岡昇平&「坂本龍馬の眉間」新宮正春)、龍馬の旧友岡田以蔵(「斬奸刀」安部龍太郎)、龍馬周辺の事件(「異説 猿ヶ辻の変」隆慶一郎)、龍馬と写真(「坂本龍馬の写真」伴野朗)、龍馬の同志陸奥宗光(「うそつき小次郎と竜馬」津本陽)、龍馬の妻(「お龍」北原亞以子)、というふうに龍馬を知るのに必要な各テーマが揃っている。中でも個人的にとくに面白かったのは人斬り以蔵の心理に迫った「斬奸刀」と、龍馬憤死の様を活写した「坂本龍馬の眉間」。前者では人を斬るごとに欲情して女を抱く以蔵がそのたびに女体から死臭を嗅ぎとる不気味さがユニーク。後者は暗殺犯が決行前に作戦を立てる様が興味深い。また同じく龍馬の死に取材した「竜馬殺し」では暗殺事件そのものにも増して龍馬の業績に批判的な作者の見解が面白い。因みに「斬奸刀」「竜馬殺し」ともに「犯人は誰か?」に関するかぎりは順当な説を採っている。大河『龍馬伝』ではそのエピソードがどう扱われるかはまだ判らないが(奇説に走るとは考えにくいが)、こうした小説を読んでおくと一層興味深く見れそうだ。といっても本書は決して副読本的な面のみなわけではなく、収録作はどれも深く綿密な調査に拠ったその道の名手による秀作傑作揃いなので、ドラマが終えたのちも秀抜な精華集として残り続けるだろう。またとかく「ドラマ史観?」に囚われがちな当方のような読者(というか視聴者)にとっては目をフェアに修整するのに役立つ本でもある。
次に『【完全版】新諸国物語 第一巻』はガラリと趣が変わり(とはいえ「放送」に関わりのある本という点では共通するかも)、名のみ聞く『笛吹童子』を含む50年代ヒットラジオドラマシリーズ『新諸国物語』の(および後年のテレビドラマ&実写映画シリーズの)原作小説およびその続篇群を全作紹介する企画の第1弾で、作者は全て往年のNHK名脚本家北村寿夫(ひさお)。収録作(第一巻では『白鳥の騎士』『笛吹童子』『新笛吹童子』『三日月童子』『風小僧』)はいずれも長篇の分量だが、其々完全に独立しているわけではなくて(といっても作品としては一応別個なので其々それのみ読むことも可能)、白鳥党vsされこうべ党という善と悪の対立図式を軸にした壮大な大河絵巻のいわば「各エピソード」にあたると見てよさそうだ。…ということでやや反則の感はあるが劈頭の『白鳥の騎士』はひとまず置いて次の『笛吹童子』をいきなり読んだ(一番有名な上にタイトルからして食指を刺激されたという単純な理由による)。時代は戦国期初頭、丹波・満月城が野武士赤柿玄蕃に乗っ取られ、萩丸・菊丸の若君兄弟は落ち延びて其々密かに活路を見いだそうとするが、悪人赤柿の魔手が各所でそれを阻み…というのが物語の大枠だが、しかしあまりにも意外だったのは、タイトルにもなっている「笛吹童子」である菊丸の登場箇所が極端に少ない上にほとんど活躍もせず、といってその兄萩丸がその穴を埋めて余りあるというわけでもない(弟よりは多少出番があるが)という展開になっているところ。まあそういう物語の作り方もあるものだろうとは想像されるが(例えば初期『鉄人28号』は鉄人が動いて活躍する場面が凄く少ないし、もっと有名なところでは『ウルトラマン』なんかウルトラマンの出演は毎回3分以下しかないし)、しかし主人公が活躍しないでもこの小説が物語として成立しているわけは、「他の登場人物たち」がそれを補って遥かに余りある活躍を見せているからなのだ。即ち妖術師霧の小次郎&三日月童子・謎の美少女胡蝶尼・正義の野武士斑鳩隼人・忠義の家臣上月右門・その娘桔梗etc…といった魅力的なキャラクターたちが主人公そっちのけ?ともとれるほどに複雑華麗な人間模様&活劇を繰り広げている。その点については編者末國氏も解説で「(主人公兄弟が)派手なアクションを繰り広げる映画やテレビドラマしか見ていないと、あまりのギャップに違和感を覚えるかもしれない」と断っている。小生は残念ながら年代的にギリギリのところでテレビドラマ版(60年代初頭)を見ることができなかったし映画も全く見ていないが、それらに親しんだ1世代上の人たちもこの原作に触れれば驚くに違いないということだ。しかしそれにも拘らず──いやある意味ではそれ故にこそとすらいえるかもしれないが──この小説版『笛吹童子』は極めて面白い(大人が読んでも、だ)。それは上で挙げたような多彩な人物たちが波瀾万丈で手に汗握る冒険と遍歴を重ねる壮大な伝奇物語になっているからに他ならない。とくに霧の小次郎はラジオ放送時から高人気で、『笛吹…』のスピンオフとして映画化され3部作にまでなっているそうだ(解説より)が、この小説版を読んだだけでもさもありなんと頷かせるところがある。…となると愈々どれでもいいから(本家でもスピンオフでも)映画かドラマを実際に見てみたいものだという気にもなってくる。70年代に放映されたというテレビ版人形劇もちょうど「子供向け」を避ける年齢になった頃なので見ていないし… というわけで、この上は本書を読むことによって文字どおりの「ドラマ草創期」の熱気に少しでも触れられるようにしたいと思った次第。第二巻(『紅孔雀』『オテナの塔』『七つの誓い』収録)も近々刊行予定とのこと。
末國さんありがとうございました!
【完全版】新諸国物語 第一巻 龍馬の天命