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孤源にて

natsukikenji2006-09-04

紫色のアンモナイトの形をした雲が湧く海岸に立つ。
両手で支えている銅のオルゴールからは
支那屏風の陰の乙女」が流れる。
足元の砂には淡桃色の光を洩らすオイルランプ。
初秋の海風にもランプの火が消えることはなく、
オルゴールの旋律が乱されることもない。
だが旋律もランプの火もただ感覚を通過するだけだ。
目はひたすらアンモナイトの雲に向けて凝らしている。
雲はもくもくと湧き漏斗状に渦を巻いて膨れあがり、と思うと膨張の極みで四散し去る。
その破裂の中からまた幾つもの雲が生まれてたちまち膨れあがる。
水平線の上で無数に並ぶ聳え立つ巨大な漏斗の列は、最後の晩餐を始めた
使徒たちのようだ。
さもありなん、紫色の海は今こそ審判のときを迎える。
不羅久多な産と死を繰り返す巨大な雲の群れを頂く遥かな海域のあたりに、
蜃気楼のごときものが窺える。
そのとき、「支那屏風の陰の乙女」がようやく耳に響く。
蜃気楼のごときものは、浮かびあがる海都瑠瑠嬰だ。
見るがいい、切り立つ尖塔や胸壁に絡む黒い肢を。