末國善己編『【完全版】新諸国物語 第二巻』

これまた少し月日が経ってしまいましたが、末國善己さんより頂戴した『【完全版】新諸国物語 第二巻』(北村寿夫著・作品社2010/6月刊)を紹介します。
https://www.tssplaza.co.jp/sakuhinsha/book/nihon-bun/tanpin/22865.htm

以前採りあげた『【完全版】新諸国物語 第一巻』(http://d.hatena.ne.jp/natsukikenji/20100423)に続く完結巻。連作長篇シリーズ『新諸国物語』の〈本篇〉に相当する6作のうち『紅孔雀』『オテナの塔』『七つの誓い』を収録。『第一巻』のほうでは順番が前後したがやはり〈本篇〉である『笛吹童子』のあとで『白鳥の騎士』を読み(〈外伝〉＝『新笛吹童子』『三日月童子』『風小僧』は未読)、この『第二巻』ではさしあたって巻頭作でありシリーズの中心ともいえる『紅孔雀』のみ読んだ。『白鳥の騎士』ではシリーズ全作を通じてのテーマである善と悪の対立──即ち白鳥党とされこうべ党の対立──の起因となる白鳥珠とされこうべ珠が朝鮮半島に発するものであることが語られ、善の象徴たる白鳥珠の持ち主・白鳥王子の子孫こそが主人公・白鳥の騎士こと日暈の雄麿であることが明かされる。雄麿は蝦夷征伐を命じられるも生来の善性から和睦を図ろうとするが、運命の変転により戦いは避けられず…というのが物語の大枠で、その白鳥党対されこうべ党の対立と抗争の図式はこの『第二巻』の『紅孔雀』におよんで一層鮮明なものとなる。こちらの主人公・那智の小四郎は未来の白鳥党を率いるべき者と託宣されるが、敵方のされこうべ党はあろうことか小四郎の恋人・久美を自分たちの頭目に据えようと画策する。久美は心ならずも悪党どもの策略によって小四郎と争い戦うはめになるが、その策を仕掛ける側のされこうべ党のほうでも重要人物・浮寝丸が実は善人で、自らのあり方に懊悩しついには裏切り者となる。そうした主要キャラクターたちの善悪の内部葛藤のテーマが大きな読みどころとなっているが、それは他の脇役の悪人キャラにも実はなかなか好人物だったり憎めなかったりするのが多いところにも現われていて、北村寿夫のこのシリーズが映画化・ドラマ化されて大きな人気を得ていった原因はそういういわば性善説を基本にしているあたりにもありそうな気がする。と同時に(これまた全くの我田引水だが)そういう世界を二分する善悪の対立という構図は、同じように象徴的に善神と悪神の対立を軸とするクトゥルー神話の世界をちょっと連想させたりもした──もちろん全く関係ないことは判ってはいるんだが。また本作でも例によって多数の登場人物──久美に横恋慕する悪党・信夫一角、久美の強欲な父親・網の長者、小四郎のすばしこい使い走り・風小僧(風の小六)、アル中の好漢・五升酒の猩々(実は小四郎の兄)、浮寝丸とともに久美を悪に染めんと企む黒刀自etcetc…──が入り乱れて筋が目まぐるしく錯綜するが、そのめくるめくような波瀾万丈さが伝奇物語としてのこのシリーズの大きな魅力となっていて、とくにこの『紅孔雀』ではその特徴が色濃く出ているように思える。シリーズ中で最も人気が高く映画・ドラマ・人形劇・漫画等に幾度も使われたというのも読んでみると大いに頷ける。とくに映画は驚いたことに『紅孔雀』シリーズ全5部作がDVD化され、しかも『新諸国物語』中の他シリーズ(『笛吹童子』『七つの誓い』)とともにDVDBOXにもなっている。配役は小四郎＝中村(のちの萬屋)錦之助・浮寝丸＝東千代之介で、本書『第二巻』の帯にあしらわれているのが東演じる浮寝丸だ(『第一巻』では中村)。見てみたくはあるが…貧乏人としてはオークションにでも安く出るのを待つのがいいかもしれない。ともあれ「原作本は団塊の世代にかなり受け入れられるのでは」と末國氏が期待を寄せていたのもむべなるかなと今にして思える。また末國氏はいつもながら力のこもった解説を書いていて、今回はとくに『紅孔雀』の物語のキーワードである紅孔雀(小四郎が探索する全能の神鳥)を童話『青い鳥』の幸福を呼ぶ鳥に重ね、その作者メーテルリンクの思想が北村寿夫に実際に影響を与えていた可能性について文学史を踏まえて言及しているところとか、あるいは前述した浮寝丸や久美らの善悪の葛藤を戦後日本人の正義観や思想転向の問題の反映と見るところなど大いにユニークな視点が目立った。
個人的なことをいえば、こと「団塊の世代」に対しては(一歩の差で自分がそこに入れなかった/あるいは入らずに済んだという複雑な思いのせいで)日頃から反感と羨望が綯い交ぜになっているが、この『新諸国物語』のような魅力的な世界を垣間見ると後者が幾分強くなってくることを否めない──それもまた少し複雑な気分ではあるが。
というわけで末國さんありがとうございました！