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『山本周五郎探偵小説全集』

山本周五郎探偵小説全集 第一巻 少年探偵・春田龍介 山本周五郎探偵小説全集 第二巻 シャーロック・ホームズ異聞 山本周五郎探偵小説全集 第三巻 怪奇探偵小説 山本周五郎探偵小説全集 第四巻 海洋冒険譚 山本周五郎探偵小説全集 第五巻 スパイ小説 山本周五郎探偵小説全集 第六巻 軍事探偵小説 山本周五郎探偵小説全集 別巻 時代伝奇小説

本格ミステリ大賞が決定したが、↓
(http://honkaku.com/award/award.html)
事前にその評論研究部門の候補アンケートに挙げられていた作品群の中に、前にも触れた『山本周五郎探偵小説全集』(末國善己編)が含まれていた。最終候補にまではならなかったが、選考者にとってはならなくて幸い?だったかもしれない、そうなってからこの全集全7巻を通読するのはそれだけでもちょっと大変だろうから。
さてこの全集が完結したのは3月のことなので、採りあげるにはやや遅きに失する感があるが、最終巻(別巻)『時代伝奇小説』を読了した機に敢えてあらためてメモっておくことにする。といっても遺憾ながら全7巻を全部読み終えたわけでは全然なくて、あまりに速い刊行ペースに翻弄されるように結局あちらこちら摘み読みという状態できてしまっているのが何ともなのではあるが。でこの『時代伝奇小説』巻は「別巻」とあるので一見補遺集かと思いきや、かつて『幻影城』誌に再録された「小坊師の勝ちだ」「怪異生首の辻」の小坊師物時代ミステリーや「悪龍窟秘譚」「南海日本城」のふたつの長篇的分量の作を含んで、タイトルの〈時代伝奇〉にぴったり合致している。「悪龍窟」は流離の姫を戴く武田家再興の夢想に忍術幻術の闘いが絡むまさに時代伝奇篇で、ちょうど最近映画『隠し砦の三悪人』(リメイク版)を観たときちょっとイメージが重なったりもした。第一部と銘打ちながら第二部は書かれなかったといういかにも伝奇物なエピソードも面白い。また「南海」は既刊『海洋冒険』に通じる幕末期舞台の冒険活劇だが、ここでもやはり流離の姫という伝奇テーマが芯になっている。
他の巻は刊行順に<1>『少年探偵・春田龍介』<2>『シャーロック・ホームズ異聞』<3>『怪奇探偵小説』<4>『海洋冒険譚』<5>『スパイ小説』<6>『軍事探偵小説』というラインナップで、この中で通読し終えたのは恥ずかしながらいまだ『怪奇探偵』のみなのだが、そちらではフランケンシュタイン・テーマの「蘇える死骸」や心霊科学テーマの「恐怖のQ」等のSFホラーの他、怪奇が合理的に解決されるミステリー物も含まれ、まさにかつての〈広義の探偵小説〉に山周も深く浸かっていたことが判る。また『ホームズ異聞』は「シャーロック・ホームズ」のみ読んだが、近年再び内外で流行の兆しを見せているホームズ・パスティーシュの先鞭とのことで、本家ドイルの作に濃厚だった冒険色の濃い波乱のホームズ来日譚になっているのが驚きだ。
他の『春田』『海洋』『スパイ』『軍事』はいずれも戦前に博文館が出していた『少年少女譚海』誌での発表作を中心とし、煽情的探偵小説が統制された時代に開拓されたそれらの分野に山周もまた力を注いでいた(意に沿ったか否かは別にして)さまを明らかにしている。とくに『春田』では「黒襟飾(ネクタイ)組の魔手」「幽霊屋敷の殺人」「骸骨島の大冒険」「殺生谷の鬼火」「亡霊ホテル」「天狗岩の殺人魔」等タイトルからして心惹かれるものが多く、龍介・壮太の凸凹コンビの痛快冒険は今日大人が読んでも稚気を擽られる。またこの第1巻での編者解説によれば、前述した『幻影城』誌での山周探偵小説再録がどうやらこの全集企画の契機の1つになっているようで、同誌編集長島崎博の「探偵小説家としての山本周五郎も忘れられた人である」との言葉を引き、「ほとんど研究が進展していなかった」としている。また「口に糊するため意に染まない探偵・冒険小説を書いたという側面がある(略)が、周五郎の意志と作品自体の評価は分けて考え(略)作家論的視座から離れることで初めて作品の真の姿が浮かび上がることもある」とし、山周に限らずその時代の作家たちが状況に制約されつつも全力で読者を楽しませることに努力し、結果的に戦後の諸分野隆盛の礎になったこと明らかにしたいというのが編者の深意であるようだ。「山本周五郎の残した探偵小説の全貌が概観できるはずだ」と自負するこの大労作は、その意味で島崎博の遺志──もとい意志を確実に継いだんじゃなかろうか。事実各巻に付された解説は大局にもディティールにも詳細を極めていて、纏めたらたしかに評論部門賞候補にも値する力作じゃないかと思える。
などといってもこのブログの筆者自身は、山周といえば大河ドラマファンゆえに往年の名作『樅ノ木は残った』(平幹二郎主演)の衝撃的な最終回に驚愕して大部の原作を手にとったものの、それすら中途止まりのままという体たらくなので、実は偉そうなことは何もいえない。とはいえ面白くなかったからなどというわけじゃ全然なく、今にして思えば「お家を守る」というテーマは伝奇的なものを底に潜ませてるようでもあるし、また「断章」なる不気味なテキスト・トリック的挿入部の試みはある種モダンなミステリーへの志向だったのかもしれず、そんな風に考えるだけでも戦前のこれらの膨大な作品群で培われたものが等閑視されていいわけはないと思える。『樅ノ木』にはあらためて挑戦したい。